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15年前の話をしよう。 ⑫持って帰っていい、といわれても
続きです。弊社では、津波の被害に遭った車両が何台かありました。まずは、前述の岩沼倉庫にたまたま置いてあった車、そして、修理・点検のために仙台空港近くにあったディーラーの修理工場に入庫していた志和営業所の車(岩手ナンバー)です。岩沼倉庫に置いてあった車は流されず、水をかぶった状態(でも再起不能)。当時は、津波をかぶったトラックのハコに津波で流された人の死体が入っていた、とかいう話は聞こえてきた話でした(ちなみに弊社の津波をかぶったトラックのハコには魚が入っておりました)。しかし、ディーラーの修理工場に入れていた岩手ナンバーの車は所在不明となっておりました。それから数か月。7月か8月だった記憶があります。確か、国土交通省から通知が来ました。「御社の車と思われる車両が仙台空港内に流れ着いている、確認をしてほしい」と。その日は暑い日でした。仙台空港の一角に(もしくは隣接地だったかもしれません)に所狭しと津波で流された車が並んでいました。担当の方から、「これは御社の車ですか?」と確認を求められます。確かにそれは、ディーラーに入れた岩手ナンバーの車でした。ディーラーの修理工場から仙台空港まで流されたわけですね。続いて担当の方から、「この車両、お持ち帰りできますがどうしましょうか、当方で処分も可能です」との話。いや、そういわれましても。再起不能の車両を持って帰ってもどうしろと。・・・・ということで処分をお願いしてその場を後にするのでした。なお、しっかり抹消証明は出され、その後の震災関連の助成金で役になることになるわけですが、それはまた別の話です。
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15年前の話をしよう。 ⑪炊き出し
本日(2026年6月25日)も大きな地震がありました。特に青森県八戸市などでは震度6強の揺れを観測しました。日本は地震大国。日ごろから地震に備えたいものです。弊社の志和営業所も特に被害はなかったようで何よりです。 というわけで続きです。弊社の荷主様は、災害時の支援に力を入れています。炊き出しを行うので、協力してほしい、という話がありました。具体的には、具材を工場から持ってくること、具材の一時保管をすること(弊社のインフラが伴い次第)、でした。「具材は皆さんで食べてもいいですよ」とも言われました。また、了承をもらい、社長(当時)の付き合いの深かった方々に具材をお渡ししたり、会社内で調理をしてふるまったりもしました。非常にありがたかった思い出の1つであります。
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15年前の話をしよう。 ⑩姿を見せなかったあの人は
続きです。(このブログは現在、隔週更新を目安にしています。お知らせ等ありましたので震災話の更新が空きました)震災当日(3/11)、仕事が休み(シフト休み)の方がおりました。その方は、沿岸地域にお住いの方で、震災が起きて以降、連絡が取れなくなっていました。当然、社長(当時)は心配します。「大丈夫かしら」「もしかして津波の被害にあったのかもしれない」と。10日位たったでしょうか。連絡が取れなくなった本人から連絡がありました。「今、町内の避難所にいます」「携帯の充電が切れ、充電できず連絡が取れませんでした」「避難警報が出てすぐに車で非難しました、家族全員無事です」「以前から、津波警報が出たらすぐに避難しろと言われていました」と。後日、本人が会社に出社します。「良かった、本当に良かった。」社長(当時)と熱い抱擁を交わすのでした。 弊社の共有フォルダに他の運送会社さんの会社近辺が津波の被害に遭う動画があります。動画はその運送会社さんからいただいたものです(弊社ではない運送会社)。動画のタイムスタンプは「2011/3/11 15:55」です。よく「津波に襲われる」といいますが、動画では徐々に水かさが増していっていろんなもの(パレット、木くずなどなど・・・)流されていっていました。例えるなら、「風呂からあふれた水が延々と流れていく」といった感じでしょうか。流れるプールを想像してもらうと分かりますが、水の力は怖いですね。
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【重要】宮城運輸 郵便番号変更のお知らせ
いつも宮城運輸をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 この度、弊社の郵便番号が以下の通り変更となりましたのでお知らせいたします。 ■ 新郵便番号: 〒982-0041 ■ 変更日: 2026年5月25日より ※なお、郵便番号以外の住所、電話番号、FAX番号に変更はございません。 今後とも変わらぬお引き立てを賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
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15年前の話をしよう。 ⑨通常業務へ
続きです。電気復旧から1日たち、十分に冷やしこみができ、仕分けができるようになりました。荷主様のスタンスは、「このような災害時にできるだけの支援を、より早い通常営業を」という雰囲気があり、現に、震災当日から店舗に対する支援を行っていました(当時の記事をネットで見ることができます)。弊社も3月16日には通常業務を行っています。さて、そうなると、津波の被害を受けた岩沼倉庫で行っていた業務はどうしようという話になります。荷主様の援助もあり、岩手県矢巾町に倉庫を借りることになりました。これが「盛岡南倉庫」です(今は志和営業所に統合)。 続きます。
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15年前の話をしよう。 ⑧電気復旧。
震災の話、続きです。3月11日より3日ぐらいたったころかと思います。電気が復旧しました。弊社の場所はプロパンガス、また、水道は普通に使えていました。電気が復旧したことで電気・ガス・水道のライフラインが整ったことになります。荷主様の要請もあり、すぐにチルド庫、冷凍庫の冷やし込みを行います。1日後には仕分けができる体制になりました。徐々に営業している、もしくは復旧しつつある店舗への仕分け・配送を始めることになります。やはり、昔から道や建物のある土地は地盤が固い、ということなのでしょうか。 なお、仙台市内の都市ガスはこの時復旧の見込みなし(調べてみると復旧まで10日はかかったようです)。スーパー銭湯や温泉がほぼご厚意でしょう、店を開けてくれており、毎日とは言えませんが入りに行っていました(熊野堂温泉(今はもうない)とか、ベガロポリスの極楽湯(運営会社と名称が変わり営業中)とか、名取の極楽湯(営業中)とか‥)。中には従業員で、「会社の風呂を貸してほしい」という者が出てきました(弊社には風呂があります)。まあ、いいでしょう、と思って前代表が風呂を貸すと、弊社建物1階の仕分けの現場から「壁の隙間から大量に水が漏れている」との話が。風呂から出ている下水管が地震で壊れてしまい、水が壁に入り込み、流れてしまっていたのでした。当然、弊社の風呂は使用停止になりました。 続きます。



