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15年前の話をしよう。 ②今まで経験したことのない揺れ
2011年3月11日午後2時46分。地震は起きました。前回も書きました通り、宮城県民は地震はある程度慣れています(そのはず)。3月11日の前にも大きめの地震があり(前震というらしいです)ました。調べてみると2011年3月9日、最大震度5弱。名取市近辺は震度4だったらしいです。確か、津波注意報も出ていましたが、津波の大きさは最大0.6mだったようです。 3月11日は最初は下から突き上げるような揺れ。正直、最初は「また地震か」という印象だったはずです。その後、激しい横揺れ。その横揺れがいつまでたっても終わらない。一回収まったかと思えばまた強い揺れが続く。「いつまで続くんだこの揺れ、いい加減に止まってくれないかな」3分くらいこの横揺れは続いたようですが、こんな長時間の揺れは経験したことはありません。地震の揺れがやっと収まりました。当然のように停電しています。「みんな建物の外に出て!」社長(=前代表)の一声で皆建物の冷たい風が吹き小雪の舞う会社社屋の外に出るのでした。 続きます。
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15年前の話をしよう。 ①はじめに
3月11日は東日本大震災の発生から15年。海抜1~4m程度の仙台市、名取市、岩沼市等にまたがる仙台平野(狭義)に津波が押し寄せ、弊社の本社がある宮城県名取市でも主に海に面した閖上地区や下増田地区などで甚大な被害を受けました。幸いにして、弊社の従業員はこの震災で亡くなった方はおりませんでしたが、「息子2人が津波に襲われてしまった」とか「家が流されてしまった」という方がおり、その話を聞くたびに何とも言えない気持ちになっておりました(特に息子さんの場合は扶養を外す必要があり、なおさら)。弊社の本社建物は海岸線より10km程度離れた標高20mの地にあり、河岸段丘であることもあり、地盤が固く大きな建物の崩壊を免れることができましたが、当時、岩沼市の海岸近くに「岩沼倉庫」というのがあり、業務を行っておりましたが、津波をもろに受け、現在、他の場所にて業務を継続しています。宮城県は地震の多い地域であり、マグニチュード7程度(最大震度5程度)の地震は30-40年ごとに発生するといわれています。地震が多いせいで、ネイティブ宮城県民は地震が起こった時に震度について語る人が多い(はず)です。「今の震度3だな」「(震度の発表を見て)うそー、今の絶対震度4だよ、震度3じゃないって」なんていう風に(ケン〇ンショーあたりで取り上げていいネタだと思いますが)。東日本大震災はそんな地震慣れした宮城県民の想像をはるかに超えるものでした。この震災に遭遇した人は、それぞれ震災について語れると思いますが、次回以降、弊社で起きたことを語っていきたいと思います。次回に続きます。
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住所の表し方について語ってみる ⑥失われた地名を求めて
というわけで、これまで住所の表し方について見てきました。住所表示や地番整理等で従来の地名は変更されてきています。市町村合併の際も、今までの住所の表し方が変更されたりしています。大字の表記が廃止されたり、字面が悪いというので変更されたり。特に、東京は、昭和7年に郊外の町村を合併し、東京市となっていますが、その際に旧藩政村だった地名を廃止して、明治行政村の地名を町名にしているのが結構見られたりします。そういう失われた地名もいろんなところで意外と残っていたりするもので、そういうのを深堀していくのも楽しかったりします。例)ヨドバシカメラの「ヨドバシ」の由来は?答)ヨドバシカメラの新宿西口本店のある場所のもともとの地名が「淀橋町(これは明治行政村の名前)」→「淀橋区」(昭和7年の東京市編入時の区名)今は淀橋町の範囲は住居表示施行時に「北新宿」「西新宿」になっていますが、前の大字は「角筈(つのはず)」「柏木」など。地域名として残っていたりします。地名は土地の記憶であるといわれます(タモリさんもそんな話をしますね)。昔の地名をたどると、住むのに適しない土地が分かってしまう例もあります。地名探訪も楽しいものですよ(謎の勧誘じみた発言)。地名の話はこれにて終了です。お付き合いいただきありがとうございました。 ※サムネの画像はAIにて作成いたしました。
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住所の表し方について語ってみる ⑤住居表示と地番整理
今回は、住所の表し方で「×丁目〇-△」の表し方についてみていきたいと思います。以前羅列した例ですと、・神奈川県厚木市中町3丁目17番17号 (厚木市役所)・茨城県土浦市板谷7丁目627番地の17(茨城営業所)の違いです。 まず、厚木市役所の場合は、「住居表示に関する法律」(昭和37年施行)に基づく住所の表し方です。前回書きました通り、明治維新時の地租改正により、地番が決められ、それをもとに住所を表すようになりました。その土地売買したり、相続で分けたりすると別の番号が生まれます。これを分筆といいます。ちなみに、弊社本社は字岩口下46-1が住所ですが、46-1のほかに3つ分筆された土地があります。そのなかの代表として46-1を住所にしています。分筆は、分筆を行った順に番号を割り振り、一度使った数字は再利用しません。そうなると、隣の土地が連番でなくなる可能性があるんですね。例えば、番地が「1」しかない山を宅地造成するとします。何百軒の家が建ち、地番としては「1」から分筆をしていくので、その団地内で「1-××」という地番が大量発生します。その後、さらに分筆すると隣同士で地番の連続性が失われ、郵便配達や各種配達に支障が出ます。また、特に城下町だと町名が入り組んでいたり、飛び地ができたりします。その解消のために、新しい町名を付け(〇〇△丁目)、道路で区切られたブロック(=街区)ごとに番号をふり(〇番)、そのブロックの起点を決め、基本的に10mごとに(例外あり)その家に番号を充てる(〇号)という住所の表し方の決まり事を作りました。なお、町名は「丁目」を含みます。この住居表示の住所は地番とは別のもので、土地の登記の場合は地番が必要になります。住居表示は1件の家に、地番は土地に与えられます。当然、一軒の家に分筆された土地が4つある、ということも考えられるので、住居表示の住所=地番、にはならないんですね。この法律で、結構古くからの町名(特に城下町は)が失われているので「地名殺し」なんていわれています。 一方、町名地番が混乱している区域の町名及び地番を変更し、住所等をわかりやすくすることも行われます。主に大規模な宅地開発や土地区画整理の際に一緒に行われることも多いです。これを地番整理、もしくは町名地番整理といいます。この場合は、地番=住所となります。また、新町名を付けることもありますし、今までの大字、小字を生かして新たに地番をふりなおすこともあります。上記の茨城営業所の場合、土浦市のホームページによると、平成6年に地番整理が行われた模様です。住居表示の場合、「627」という街区番号はありえないので、板谷は地番整理地区だとわかります。 なお住居表示と地番整理、両方とも略した表記は例えば「1丁目1-1」のようにハイフンを入れるので、正しい表記が分からないときは、ハイフンを入れた書き方のほうが無難です。逆に、正しい住所の書き方をすると「分かっている」感を醸し出せます(なんだこの上から目線)。あと1回続きます。
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住所の表し方について語ってみる ④大字と小字
このシリーズの初回の際に、各営業所の住所を羅列にて表記しましたが、そのなかで本社:宮城県名取市高舘熊野堂字岩口下46番地の1小山営業所:栃木県小山市大字延島2705番地の1の違いについて今回は見てみようと思います。 本社は大字の下に「字」という小字の表記があり、小山営業所はそれがありません。この違いは、明治維新の時に行われた地租改正と関係があります。江戸時代では米による納税(=年貢)が行われていましたが、明治政府は、政府の税収を安定させるために、土地に値段をつけ(=地価)、地券を発行し、その3%を税金として納めることとしました。地租改正です。その際に、全国の村(=大字・藩政村)単位で測量が行なわれており、その際に土地ごとに番号をふっています(=地番)。「小字」は藩政村(=大字)の下の小集落、耕地、山林等の経済的なまとまりにつけられた地名です。地番をふる際に、番号をふる基準の全国統一ルールを作らなかったために、地域によってやり方が異なりました。大字単位(=藩政村単位)で地番をふっていくやり方と、小字単位で地番をふっていくやり方です。全国的には、大字単位でふっていくやり方が多数派で、小字基準は東北・北陸地方、愛知県等に見られます。なお、前者を「一村通し」、後者を「字別付番」といいます(試験には多分出ません)。面倒くさくなったので図示しませんが、「一村通し」で検索すると地番のイメージ図が出てきますので、興味のある方はご参考になさってください(なげやりですみません)。ということで、本社は「字別付番」、小山営業所は「一村通し」の地番のつけ方なんですね。「一村通し」の場合、小字を廃止したわけではなく、住所の記載の際に必ず記載する必要がないので、小字は書いても書かなくてもいいんですね。個人的には隠された小字と言っていますが。ただし、土地の登記簿を取ったりすると小字は載ってきます。ちなみに、小山営業所の場合、登記簿上の正式な住所は、栃木県小山市大字延島字瀬窪2705番地の1です。大字で地番をふっているので、「字瀬窪」を書く必要がないんですね。一村通しの場合は住所を書く際に小字は書いても書かなくてもよいということになります。逆に本社の場合、字別付番なので、必ず小字である「字岩口下」を書く必要があります。 この隠された小字、次回以降やりますが失われた小字を調べていくのもなかなか面白かったりする(もしくは妄想がはかどるともいう)ので、興味のある方は是非とも。
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住所の表し方について語ってみる ③市町村合併の歴史-2
続きです。 昭和の大合併は、地方自治体の財政強化を主目的として政府主導で進められました。 当時の(=明治行政村)の財政は赤字で、効率化・健全化が求められていたこともあります。 この昭和の大合併により、1961年には市町村の数が従来の約3分の1である3,472市町村 にまで統合が進みました。 本社所在地の例でいうと、 増田町+閖上町+下増田村+館腰村+愛島村+高舘村=名取町、のち名取市 名取町の由来は郡名(名取郡)から。 従来の明治行政村の大字はどうなったかというと、 ①そのまま大字として継続 (例:玉浦村下野郷→岩沼町下野郷、のち岩沼市) ②明治行政村の名称を何らかの形で残す(例:高舘村熊野堂→名取町高舘熊野堂、のち名取市) ③今までの大字を統合し、明治行政村の地名を大字にする ・・などがあります。 時を経て、 平成の大合併は、地方分権の推進を目的として、地方自治体の自主的な合併を促し、様々なインセンティブを つけ進められました。 これにより、市町村は全国で1718まで統合されています。 この時、合併後の新市町村名に従来の市町村名を用いない、という制約を課したものも多数見られ、 結果として広大な面積の自治体があったり、イメージ重視の地名を用いた市町村名もあったりします。 (広大な面積例:岐阜県高山市=東京都とほぼ同じ面積 人口は約8万人) (イメージ重視:群馬県みどり市、栃木県さくら市、北海道北斗市など) (広域地域地名:岩手県奥州市、茨城県常総市など) 余談ですが、山梨県には甲府市、山梨市、甲州市、甲斐市があります。 頭の中に地図が描きづらいです。 これにより、地名の整理が行われたり、従来の自治体を従来の大字の前につけるといったことが行われています。 例えば、鹿児島県の地名で 鹿児島県志布志市志布志町志布志というのがあります。 市役所が半分ネタにして看板を作っていたりもします。 これ、志布志市→平成の大合併、志布志町→昭和の大合併、志布志→藩政村(=大字)の地名 なんですね。 次は大字について深堀りします。 続きます(飽きてきているかもしれませんが)。





