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15年前の話をしよう。   ③津波・・・・?

続きです。
当時の記憶でこのブログを書いていますが、記憶がおぼろげなところもありますので、
もし違う箇所がありましたらご容赦ください。

前代表の指示で冷たい風が吹き小雪の舞う外に出た我々。
ちょうど何台か配送を終えて帰ってきた車がありました。
「大丈夫だったー?(前代表)」「大丈夫ですー。(運転手)」
中には、「何かあったんですかー?」と言ってくる大型の運転手さんもいたりしました。
当然のように停電しています。テレビは見れません。携帯はつながる状態でしたので、
ワンセグでテレビを見ます。「宮城県北部震度7」とか「名取市震度6強」とか
聞いたことのない震度が出てきます。
そうしているうち、大津波警報という聞いたことのない警報が出てきました。
最初は確か5-6m、のちに10mの津波の警報だったと思います。
停電が長引くことが予想されたので、いつまでもワンセグを見ているわけでもなく、
「そんな大きな津波来るわけないよなー」と内心思いながら、ワンセグの画面を消すのでした。
こんな感じでしたので、今もYouTubeで見れる「津波が押し寄せてくるニュース映像」
を見ていないんですね。
ワンセグをみるのをやめ、会社にあったラジオで情報を聞きます。
「仙台新港に津波が押し寄せてきた」「仙台空港の滑走路が浸水した」
そんなニュースが聞こえてきますが、大津波がきてたくさんの方が亡くなった、とは
当日思いもよらないのでした。
そんな中、海岸沿いにあった岩沼倉庫が津波の被害にあった、という連絡が携帯にありました。
当日、たまたま作業が早く終わり、責任者以外の従業員は全員帰宅、責任者だけが
倉庫に残っていた状態。
責任者は倉庫の2階に避難し無事、しかし津波を被ってしまい出られない、という話でした。
「大丈夫ですかー?」「大丈夫ですー。でもいつ出られるかわかりません(責任者)。」
「今日はもう帰りましょう、明日会社に来れる人は会社に来て。」
社長(=前代表)の言葉で解散することになりました。

真っ暗な道に車を走らせ、周りの様子を見てみます。陥没した道。曲がったように見える線路。
踏切の遮断機は折れています。
帰宅途中、ハタと思い立って消防署に電話をしてみました。
何回か電話してやっと繋がりました。
「倉庫の2階で取り残されている人がいるんです、助けてください。」
「電話が多すぎてもう対応しきれないんです(消防署の方)。」
次の日の新聞を見て大津波で大きな被害が出たと知ることになるのでした。

続きます。