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15年前の話をしよう。 ⑬当時の日報を抜き出してみる
続きです。震災当時の資料を見ていたら、震災直後の弊社や周囲の状況を荷主様に報告していた資料がありました。文筆家さんや漫画家さんのエッセイとかではないですが、ちょっと抜き出して転載してみます(一部固有名詞等変更しています)。 ・3月19日【軽油】給油状況は若干改善され、一部を除き必要量は辛うじて給油できる状況です。【ガソリン】宮城運輸周辺のスタンドの状況は、ピーク時の5~7kmの長蛇の行列から、数100m程度に変わってきている。給油量制限も17日以前では6㍑であったが、19日現在では10~20㍑可能なところもある状況。【その他】生活関連品の調達にスーパー・生協等に3時間以上前から200~300名の行列ができている。暖房用の灯油もガソリンと同様で、若干緩和されたものの入手困難な状況です。 ・3月31日【軽油】一般道、郊外の大手小売(宇佐美・一光・コーナン等)では、契約カードで給油すれば優先的に満タン給油できる状況です。【ガソリン】昨日と同様、早朝より営業すると思われるガソリンスタンドに並ぶ車が長蛇の列をなしており、2-3kmに及ぶこともあります。整理券を配布する方法をとっているスタンドも多く、数日はガソリンスタンドの給油待ちの車による渋滞が続くと考えられます。【その他】物流センター周辺のコンビニエンスストアーは、時間を区切って短縮営業している店舗が多い状況ですが、22:00位まで営業している店も見られるようになりました。ただ、入荷している品物の量が少なく、すぐに売り切れてしまうようです。 ・4月5日【軽油】一般道、郊外の大手小売(宇佐美・一光・コーナン等)では、契約カードで給油すれば優先的に満タン給油できる状況です。【ガソリン】日中に関しては、ほぼ給油待ちの車で待つことが無くなりました。ただ、営業しているガソリンスタンドは、時間を切っているところ、24時間営業の所、全く営業していない所と分かれてきています。【その他】各コンビニチェーンで夜遅くまで営業している所が多くみられるようになってきました。品物は限定されているようですが、売り切れで営業時間中に店を閉めることもあまり見られなくなってきました。ただ、店をずっと閉めている所も見られます。 ・・・というわけで、1か月くらいで元の生活に戻ってきた感じですかね。もちろん、大きな余震が続き、せっかく倒れた本棚を元に戻しても余震のため再び本棚が倒れ、面倒くさくなって本棚が倒れたままにしていたのもこの時期だったりするのですが。 次でシリーズ終了の予定です。
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15年前の話をしよう。 ⑫持って帰っていい、といわれても
続きです。弊社では、津波の被害に遭った車両が何台かありました。まずは、前述の岩沼倉庫にたまたま置いてあった車、そして、修理・点検のために仙台空港近くにあったディーラーの修理工場に入庫していた志和営業所の車(岩手ナンバー)です。岩沼倉庫に置いてあった車は流されず、水をかぶった状態(でも再起不能)。当時は、津波をかぶったトラックのハコに津波で流された人の死体が入っていた、とかいう話は聞こえてきた話でした(ちなみに弊社の津波をかぶったトラックのハコには魚が入っておりました)。しかし、ディーラーの修理工場に入れていた岩手ナンバーの車は所在不明となっておりました。それから数か月。7月か8月だった記憶があります。確か、国土交通省から通知が来ました。「御社の車と思われる車両が仙台空港内に流れ着いている、確認をしてほしい」と。その日は暑い日でした。仙台空港の一角に(もしくは隣接地だったかもしれません)に所狭しと津波で流された車が並んでいました。担当の方から、「これは御社の車ですか?」と確認を求められます。確かにそれは、ディーラーに入れた岩手ナンバーの車でした。ディーラーの修理工場から仙台空港まで流されたわけですね。続いて担当の方から、「この車両、お持ち帰りできますがどうしましょうか、当方で処分も可能です」との話。いや、そういわれましても。再起不能の車両を持って帰ってもどうしろと。・・・・ということで処分をお願いしてその場を後にするのでした。なお、しっかり抹消証明は出され、その後の震災関連の助成金で役になることになるわけですが、それはまた別の話です。



