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住所の表し方について語ってみる ④大字と小字
このシリーズの初回の際に、各営業所の住所を羅列にて表記しましたが、そのなかで本社:宮城県名取市高舘熊野堂字岩口下46番地の1小山営業所:栃木県小山市大字延島2705番地の1の違いについて今回は見てみようと思います。 本社は大字の下に「字」という小字の表記があり、小山営業所はそれがありません。この違いは、明治維新の時に行われた地租改正と関係があります。江戸時代では米による納税(=年貢)が行われていましたが、明治政府は、政府の税収を安定させるために、土地に値段をつけ(=地価)、地券を発行し、その3%を税金として納めることとしました。地租改正です。その際に、全国の村(=大字・藩政村)単位で測量が行なわれており、その際に土地ごとに番号をふっています(=地番)。「小字」は藩政村(=大字)の下の小集落、耕地、山林等の経済的なまとまりにつけられた地名です。地番をふる際に、番号をふる基準の全国統一ルールを作らなかったために、地域によってやり方が異なりました。大字単位(=藩政村単位)で地番をふっていくやり方と、小字単位で地番をふっていくやり方です。全国的には、大字単位でふっていくやり方が多数派で、小字基準は東北・北陸地方、愛知県等に見られます。なお、前者を「一村通し」、後者を「字別付番」といいます(試験には多分出ません)。面倒くさくなったので図示しませんが、「一村通し」で検索すると地番のイメージ図が出てきますので、興味のある方はご参考になさってください(なげやりですみません)。ということで、本社は「字別付番」、小山営業所は「一村通し」の地番のつけ方なんですね。「一村通し」の場合、小字を廃止したわけではなく、住所の記載の際に必ず記載する必要がないので、小字は書いても書かなくてもいいんですね。個人的には隠された小字と言っていますが。ただし、土地の登記簿を取ったりすると小字は載ってきます。ちなみに、小山営業所の場合、登記簿上の正式な住所は、栃木県小山市大字延島字瀬窪2705番地の1です。大字で地番をふっているので、「字瀬窪」を書く必要がないんですね。一村通しの場合は住所を書く際に小字は書いても書かなくてもよいということになります。逆に本社の場合、字別付番なので、必ず小字である「字岩口下」を書く必要があります。 この隠された小字、次回以降やりますが失われた小字を調べていくのもなかなか面白かったりする(もしくは妄想がはかどるともいう)ので、興味のある方は是非とも。
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住所の表し方について語ってみる ③市町村合併の歴史-2
続きです。 昭和の大合併は、地方自治体の財政強化を主目的として政府主導で進められました。 当時の(=明治行政村)の財政は赤字で、効率化・健全化が求められていたこともあります。 この昭和の大合併により、1961年には市町村の数が従来の約3分の1である3,472市町村 にまで統合が進みました。 本社所在地の例でいうと、 増田町+閖上町+下増田村+館腰村+愛島村+高舘村=名取町、のち名取市 名取町の由来は郡名(名取郡)から。 従来の明治行政村の大字はどうなったかというと、 ①そのまま大字として継続 (例:玉浦村下野郷→岩沼町下野郷、のち岩沼市) ②明治行政村の名称を何らかの形で残す(例:高舘村熊野堂→名取町高舘熊野堂、のち名取市) ③今までの大字を統合し、明治行政村の地名を大字にする ・・などがあります。 時を経て、 平成の大合併は、地方分権の推進を目的として、地方自治体の自主的な合併を促し、様々なインセンティブを つけ進められました。 これにより、市町村は全国で1718まで統合されています。 この時、合併後の新市町村名に従来の市町村名を用いない、という制約を課したものも多数見られ、 結果として広大な面積の自治体があったり、イメージ重視の地名を用いた市町村名もあったりします。 (広大な面積例:岐阜県高山市=東京都とほぼ同じ面積 人口は約8万人) (イメージ重視:群馬県みどり市、栃木県さくら市、北海道北斗市など) (広域地域地名:岩手県奥州市、茨城県常総市など) 余談ですが、山梨県には甲府市、山梨市、甲州市、甲斐市があります。 頭の中に地図が描きづらいです。 これにより、地名の整理が行われたり、従来の自治体を従来の大字の前につけるといったことが行われています。 例えば、鹿児島県の地名で 鹿児島県志布志市志布志町志布志というのがあります。 市役所が半分ネタにして看板を作っていたりもします。 これ、志布志市→平成の大合併、志布志町→昭和の大合併、志布志→藩政村(=大字)の地名 なんですね。 次は大字について深堀りします。 続きます(飽きてきているかもしれませんが)。
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住所の表し方について語ってみる ②市町村合併の歴史-1
さて、続きです。住所の表し方と密接に絡んでくるのは、市町村合併の歴史です。市町村合併は、大きなものとして・明治の大合併(=市制・町村制) 1888-1889年・昭和の大合併 1953-1961年・平成の大合併 1999-2010年があります。そもそも村落(「ムラ」といういい方をします)は、農民が生活していくうえでの地域共同体的な役割を持っていました。田んぼ仕事なんかでも1人ではできないですからね。その自然発生的なムラに幕府や藩が農民を支配するために設定した行政単位の村を藩政村といいます。明治時代に入り、中央集権体制を確立するため、従来の藩政村をまとめたかたちで人為的な村を作りました。これが明治の大合併です。そのとき、従来の藩政村は明治行政村の大字となりました。本社の場合、3か村が合併して高舘村という村になっています。(吉田村・川上村・熊野堂村=高舘村)。以前紹介した志和営業所の場合、4か村が合併して志和村となっています(=八戸藩の飛び地)。(稲藤村・片寄村・土舘村・上平沢村=志和村)小山営業所の住所の場合、8か村が合併して絹村となっています。(福良村・高椅村・簗村・中河原村・中島村・延島村・延島新田・田川村 =絹村)臨空センターの住所の場合、4か村が合併して玉浦村となっています。(押分村・下野郷村・寺島村・早股村=玉浦村)本社所在地の「熊野堂」、志和営業所住所「稲藤」、小山営業所の「延島」、臨空センターの「下野郷」いずれも昔の藩政村で、現在の住所で大字となっています。この明治行政村の地名の由来を調べてみると面白いものがあるので調べてみるとよいかもしれません。例)絹村:古くから養蚕と真綿から作る「手つむぎ糸」による結城紬の生産が盛んな地域だったため。なお、隣の村は「桑村」。 昭和の大合併以降の話は次回で。続きます。
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住所の表し方について語ってみる ①イントロダクション
突然ですが、弊社の本社・営業所・もしくは過去営業所のあった場所の市町村役場の住所をできるだけ正確な表記で下記に表してみたいと思います。 ・宮城県名取市高舘熊野堂字岩口下46番地の1・宮城県岩沼市下野郷字中野馬場4番地の8・岩手県紫波郡紫波町稲藤字升形44番地の5・栃木県小山市大字延島2705番地の1・茨城県土浦市板谷7丁目627番地の17・神奈川県厚木市中町3丁目17番17号 (厚木市役所)・岩手県紫波郡矢巾町大字南矢幅第13地割123番地(矢巾町役場) こうして眺めてみると、いろいろな住所の表記に気づくかと思います。「字」って何だ、とか、「地割」って何だ、とか。なんでここは「大字」がつくんだ、とか、同じ「丁目」がつくのに表し方が違うんだ、とか。結論から言うと、「各市町村がそのように決めているから」なのでありますが、さまざまな市町村合併の歴史や法律によって決まっていった部分もあります。 これをブログに書いてみよう、と思ったのは単純に年賀状を整理していて思い立ったからではあるのですが。今週より何回かに分けて書いていこうかと思います(盛大な前振りみたいになってしまった)。
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雪が降る季節となりました。
毎年この時期になると局地的に大雪の降る地域があります。宮城県はここ数年大雪はありませんでした(今年も今のところ大雪はありません)が、昨年は福島県の会津地方に大雪が降り、何台か車が立ち往生となったりしています。また、山形、秋田といった日本海側の県に関しては、この季節は大雪は当たり前、といった感じで、店舗納品の際も雪かきをしないと店舗にたどり着かない、ことは多くあります。昔は雪が降ると弊社でも大きな事故(車が大きく破損するような物損事故)があったりしたものですが、最近はそういうこともなくありがたい限りです。
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どんと祭に行ってきました
宮城県のほとんどの神社では毎年1月14日にどんと祭という、神社の境内などで正月飾りを焼き、御神火にあたることで一年の無病息災・家内安全を祈願する祭りが行われます。正月飾りだけでなく、古いお札やダルマ、お守りなどもこのどんと祭の時に神社に納め、お焚き上げをしてもらうことができます。「古いお守りどんと祭の時にもっていこうと思っていたのに忘れてたー!来年まで保管しておかないと!」というのはよくある光景でもあります。弊社のお札も神社に納めて参りました。昨年忘れてた分も含めて。 ちなみに、画像は、「どんと祭のフリー画像ないかな~、まさかないよな~」と思って探してみたら出てきた「いらすとや」様のイラストです。なんでもあるな、いらすとや様のイラスト。





